朝日新聞のコミュニケーション誌「朝日サリー」  

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vol.257 
のんぼけの森 住人
元居絹代さん
PROFILE
昭和20年、岩手県生まれ。高校卒業後、上京。服飾メーカー勤務。平成9年にいわき市三和町“のんぼけの森”に移住し、平成17年喫茶店〈ほっと一息〉を自宅脇にオープン。平成21年9月に閉店後、ボランティア活動や地域の子どもたちにケーキ作りを教えている。

誰でも気軽に楽しめるアートの世界を通し、
小さな幸せを積み重ねていく
ゆったりと心を満たすスローライフ
都会の喧騒を離れ
のんぼけの森へ
 木々が色づき始めた初秋、川のせせらぎと風のざわめきがすぐ近くで感じられる静かな土地を訪れた。ここ、『のんぼけの森』には、首都圏から自然に囲まれてゆったり暮らしたいという人たちが移り住んでいる。
 のんぼけの森は、三和町下市萱の7つの森。住民が所有している山林を「のんびり、ぼけっと」暮らしたいという人たちに1日1坪1円で土地を貸し出していて、親しみやすさが特徴だ。現在、数十家族が、永住や別荘を建てるなどして、思い思いの暮らしを楽しんでいる。
 元居絹代さんが住み慣れた東京の家を離れ、夫婦でこの町に越してきたのは12年前のこと。出会いは、一冊の雑誌からだった。
 岩手出身の絹代さんは、高校卒業後に上京。服飾メーカーにアルバイトとして採用された。東北なまりのあか抜けない少女は、「山猿」と呼ばれて悔しい思いをしたこともあったというが、必死に仕事に打ち込んだ。その成果が認められ、正社員となり、新宿・伊勢丹、日本橋・三越、銀座・プランタンなど、有名デパートの販売員として時代の先端を歩いてきた。22歳の時に、品川駅で立ち喰いそば店を経営する信渕さんと結婚。夫を支えながら、自身も仕事を持ち、3人の子供を育てあげた。
 都会の便利で刺激的な生活の一方で、彼女にはある思いがあった。幼い頃に見た「アルプスの少女ハイジ」に憧れ、いつかハイジのような暮らしがしたいと漠然と考えていた。その転機は、店の閉店という形でやってきた。品川駅に新幹線が乗り入れることとなり、駅構内の整備を理由に立ち退きを余儀なくされたのだ。
 「今まで都会で忙しく働いてきたのだから、自然に囲まれてのんびりと生活をしよう」。夫婦二人での移住先探しが始まった。
↑取材に訪れた時には、ケーキを焼いて温かく迎えてくれた。お店だったこの場所には、小学生からの「ありがとう」のメッセージがたくさん飾られている

田舎暮らしは
初めてだらけの出来事
 箱根や伊豆、八丈島など色々な場所を見て回ったが、今ひとつ決断に踏み切れずにいた時、雑誌「田舎暮らしの本」でのんぼけの森を知った。移住先探しで訪れた奥松島の帰り道、思い立ってふと立ち寄ってみたその場所は、山に囲まれ、まさに自然そのもの。ハイジのイメージが膨らんだ。気候や利便性も気に入り、その日のうちに契約をしてしまったという。
 住居は、雑木林を伐採するところから始まり、近くの材木店から廃材をわけてもらうなどして、1年間かけてほぼ手作りの家を完成させた。「見るものすべてがめずらしくて、毎日が本当に楽しかった」と話す彼女は、元々明るい性格もあり、ご近所との付き合いも自然に溶け込むことができた。
 全くの素人から始めた家庭菜園は、地元の人の助けもあり、今では白菜、セロリ、ブロッコリー、クレソンなどたく
さんの野菜が収穫できるようになった。「この場所は空気と水がおいしいから、いい野菜ができるの。都会にいた頃より体調もよくなったし、友だちも増えました」。
↑セロリの葉はピンと伸び、畑の植物はどれもみずみずしい野菜ばかり
身体が健康になる暮らしは
心が豊かであること
 地域との交流も広がり、元々趣味だったお菓子作りの腕前が評判となった。そこで、みんなの憩いの場所になればと、自宅脇に作った手作りの小屋で平成17年に〈ほっと一息〉をオープン。メニューは、自家製野菜を使ったカレーとケーキだけのシンプルな喫茶店。オーガニック素材のこだわりと窓から眺められる四季折々の風景、木のぬくもり溢れる空間に遠方からわざわざ足を運ぶファンも多く、お客さんがいつ来ても温かく迎えられるよう、4年間一日も休むことなくお店に立った。
 他の人から見たらただの小屋でも、彼女にとっては幼い頃に夢見たハイジの小屋。愛おしく感じながらも、本来のゆっくりのんびり過ごす生活に戻るため今年9月に閉店を決意した。
「これからが第3の人生かしらね」と話す現在は、近くの小学校の子供たちにケーキ作りを教えるなど、地域の子供たちとの触れ合いを大切にしたいという。
 ここには、ショッピング施設も、娯楽施設もない。けれど、夜に見る満天の星、春先のふきのとう、初夏に飛ぶホタル、秋に収穫するきのこや栗など、季節の移り変わりを体全体で感じることができる。
「心こそ豊かなれ」と何度も彼女が繰り返す言葉。お金をかけなくても、小さな変化や発見を幸せに感じる心を持つことが生活に彩りを与えていくのだろう。秋の陽だまりの中、絹代さんの笑顔が教えてくれた。
↑今の時期は大根やむらさきいも、にらなどが収穫できる。畑にいると近所の人が皆声を掛けていき、かっぽう着姿の元居さんはすっかり地元の人という雰囲気

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