縦糸と横糸に想いを込めて 千代ワールドを創造し続ける |
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■自然が友達だった幼少期大学で織機に出会う |
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両親が教師だった織田さんは、赴任先の宮城県北部の登米郡で育った。田園風景が広がる農村地帯では自然が遊び場。田んぼで虫を捕ったり、草を編んだり、一人でも時間を忘れて遊んでいた。高校では美術部に所属し、絵を描いたり作品を見たりするのが好きだった。しかし、将来何になりたいかばかりか、自分が一体何に向いているのかもわからなかったという。はじめて織機に出会ったのは大学の集中講座で。縦糸と横糸の組み合わせで無限の作品が創り出されるおもしろさを知ったが、将来織機で作家活動を始めるとは知る由もなかった。
在学中に友人の紹介で「劇団・黒テント」の地方公演の手伝いをすることになった。そこで知り合ったのが今のご主人・織田好孝さん。卒業後には結婚をし、いわきに移転。程なく長女を出産し、子育てに追われる毎日だった。そんな中で思ったのは「自分の時間が欲しい、自分の表現をしたい」ということ。そして思い浮かんだのが、織機だった。どうせ購入するなら、おもちゃではなく、本格的な創作活動ができるよう、じゅうたんのような厚手のものも織れるスウェーデン製の機械を選んだ。 |
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↑2007年3〜6月に行われた茅ヶ崎〈MOKICHI〉での個展「海たち」 |
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■いわき市立美術館の個展で千代ワールドが開花 |
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初めは玄関マットやマフラーなど実用的なものを作った。やがて個展の話が舞い込む。友人でもある田人のカレーショップ〈チャンドメラ〉の一角に、『冬の贈り物展』としてマフラーなどを展示、販売もした。木の実を使った小さいタペストリーが思いのほか好評で、のびのび楽しんで作ったものの方が、見る人を楽しませることに気が付いた。以来、自然の中にある木の枝や実、石、古布を裂いて作った糸などを取り入れるようになり、彼女の作品の幅もどんどん広がっていった。
作風の区切りとなったのはいわき市立美術館で2002年11月から約40日間に渡って行われた『NEW ART SCENE IWAKI』。美術館の1階を使って自由に展示できるという。真っ先に思いついたのは幼い頃の原風景を作品にしてみよう、ということ。14点の作品を2年かがりで制作した。「わらの上の彼に降るもの」「草のボート」「草の家石の家」など、親しみやすい作品名からも想像がつくように、自然の中にある素材を織り込んだオブジェはほのぼのとした中にも驚きが隠されていた。特に180cmの高さがあり、壁面いっぱいに飾られた「she」は、羊毛と麻糸と木片が混在したハート型の大作。女性的な柔らかさも感じる。この作品展には多くの人が訪れ、千代ワールドを満喫した。 |
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↑「とちの鳥居」(2002年) |
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↑「she」(2001年) |
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■自然の中にいることに感謝そんなメッセージを感じて |
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彼女のアトリエは自宅のリビングにある。自分の生活と制作を切り離すのではなく、毎日の生活の中から自然と湧き出てくるものを少しずつ時間をかけて作る。だからひとつの作品を作るのに1ヵ月以上を有するのだ。「織るより、仕立てたり端の処理をしたりするのに時間がかかるの。」
かつてアメリカで勃発した9・11の同時多発テロ事件に強い衝撃を受け、作った作品がある。「Border」という名のそれは鉄条網が張り巡らされ、見るものに衝撃を与えた。このように社会情勢に影響されることも多いという。
「私たちが子どもの頃は大人になるのが楽しみだったでしょ?大きくなったらもっと楽しいことがある、と思ってた。でも今の時代、地球温暖化など世界規模の深刻な問題で、子どもたちが夢の持てない未来が待っているような気がして」と彼女は危惧する。だからこそ作品に自然を感じ、もっと自然を好きになれるような、その自然の中に自分がいることに感謝できるような、そんな作品を作り続けたいと話す。
インタビューを終えた後、彼女が温かい紅茶を淹れてくれた。冬の日のゆるやかな光を浴びて、アトリエに置かれた作品たちそれぞれのおしゃべりが聞こえてくるような、そんな幻想を楽しんでいた。 |
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